天敵普及のための情報蓄積・支援システム

農業研究センター 研究情報部 木浦卓治・渡邉朋也

日本における天敵利用は北ヨーロッパほど普及していない。様々な要因により,天敵が十分な能力を発揮できていないことが一因であると思われている。従って,数少ない利用事例を天敵カルテとして効率的に収集・蓄積するとともに,利用者が自分の条件に近い事例を参照することで利用者の意思決定を支援できるようになれば,天敵の普及が促進される。

このため,我々は都道府県等10名・大学4名・日本植物防疫協会1名・民間企業2名・農林水産省4名の計21名からなる「天敵カルテ企画幹事会(以下,幹事会)」を組織し,電子メールでの情報交換や,学会や研究会での会合を通して,「天敵普及のための情報蓄積・支援システム(以下,天敵カルテシステム)」の構築を行ってきた。

幹事会21名の成果である天敵カルテシステムは,プログラムの名称ではない。企画幹事会,IPM-ML,レフェリー,ユーザ(普及員,農家),データベースサーバ,WWWサーバ,およびそれらを結ぶ媒体としてのインターネットと通常郵便の総体が,天敵カルテシステムである。また,天敵カルテシステムは決して固定したものではなく,常に成長しつづけるように定義されており,関連する情報を積極的に取り込むことになっている。

天敵カルテシステムは,ユーザが自分自身の天敵利用経験を他の人と共有することで発展するユーザ参加型のシステムである。専門家によるアドバイスを受けることができる・失敗した経験も非常に重要視しているなど,情報が集まりやすいような工夫もなされている。天敵カルテの質を保証するために,レフェリー・システムを採用しているなどの特徴もある。

今回,農業研究センターが中心となって開発したプログラムは,天敵カルテシステムを実現するための一つの実装である。本年度は年度途中からの予算的裏付けを伴わないスタートであったことや,データベースやWWWサーバが天敵カルテの利用の妨げにならないように配慮したため,コンピュータシステムはすべてフリーのソフトウェアで構成した。また,ユーザ側が天敵カルテ利用のためにハード,ソフトを新たに導入する負担を軽減するため,一般に普及しているブラウザから容易にシステムにアクセスできる仕組みとした。さらに,天敵カルテシステムに入力された情報は,オープン・データとし,機能を実現するためのソースコードはオープン・ソースとすることが幹事会で了承されており,どこでも誰でもが利用・改良・開発できるようになっている。

開発したプログラムの運用は,中国農業試験場が正式に対応することとなり,現在サーバを整備中である。2000年2月には最終テストに入り,下記URLで3月から正式運用される予定である。

http://tenteki.cgk2.affrc.go.jp/

今回の成果は,天敵カルテシステムがインターネット上で運用されるための枠組みを作成した点である。これは,「天敵普及という実践的かつ全国的な活動を,インターネットを活用したシステムで支援する」という,農業場面への情報技術導入の新しい考え方を提出している。今後の成果は,カルテシステムの正式運用により,いかに情報が蓄積され,その情報が農家の天敵利用拡大につながるかどうかにかかっている。天敵カルテシステムはオープン・システムを採用しているため,システムの改良に多くの人が参加できることもシステム発展上の強みとなる。たとえ今回の天敵カルテシステムの実装が失敗に終わったとしても,今後の天敵の普及に大いに貢献すると確信している。

天敵カルテの活動は現時点では中国農業試験場におけるサーバ整備以外の予算的な措置はなく,自主参加型の取り組みである。しかし,天敵普及への情熱と情報技術の協力が,新たな害虫管理支援システム構築へつながったことは,今後の研究協力体制のあり方を考えるうえで参考となろう。