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[IPM:271] 静岡農試−池田部長のマルハナの論文



IPM−MLの皆様

先週からの懸案事項になっておりました
 静岡県農業試験場・病虫部長の池田二三高氏が日本バイオロジカルコントロール協
議会の機関紙バイオコントロールのVol.4−No.2に書かれました「外来生物の定着
の現状と問題点を考える」について著者の池田氏と協議会の了解が得られましたので
テキストファイル(14.1KB)で添付してアップします。
 MLのマナーとして添付ファイルはつけないほうが良いことは了解しております
が、他に方法がなく一番軽いテキストファイルということでご容赦ください。

 <<Ikeda.txt>> 

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石井 俊彦
株式会社トモノアグリカ 営業本部 CSグループ
420−8708 静岡市春日2丁目 12−25
TEL:054−254−6262  FAX:054−254−6263
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上記に不在の場合は下記にいる場合があります。
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外来生物の定着の現状と問題点を考える
                        静岡農業試験場    池田二三高

 訪花昆虫のツチマルハナバチ(セイヨウオオマルハナバチ)Bombus terrestris や害虫防除用
の天敵放飼が、日本の生態系や生物多様性に対して大きな影響があるという意見が出ている。こ
のため、使用側の農家、販売者、研究者、行政担当者も慎重になり、この技術の普及上大きな隘
路となっていることもある。しかし、現実の日本の生態系はどうなっているのか、生物多様性と
はいったい何かとなると、漠としていて明快な説明ができないと思える。しかし、何かにつけ生
態系という言葉が不思議とうけている現在、それを破壊するというマルハナバチの導入なんて、
とんでもない暴挙であると導入反対を支持している人もいるようである。
  特に、学問としての生態学の後退がささやかれる現在であるとともに、ましてや元来身近な生
活環境域の植生や昆虫類の生態の研究成果も少ないため、身近な自然環境はどのようになってい
るのか、理解できている人はむしろ少ないのではなかろうか。筆者は、農耕地及びその周辺をフ
ィールドとして害虫の研究や一般昆虫の生態研究を行ってきたので、その自然に対しては大いに
関心はあるが、やはりよくわからない。お互いそのよくわからぬままに、勝手に解釈した自然論
や現実とかけ離れた自然論を振り回していることが、往々にしてある。我々は、もう少し現実の
自然はどうなっているのかを冷静に見つめて、諸事に対応する必要があるのではなかろうか。
 本稿は筆者がこれまでの調査・研究を通じ遭遇した問題や、関心抱いている侵入生物の定着や
分布拡大などの問題について浅学非才の持論であることを省みず述べさせていただく。今後多々
御教示頂ければ幸いである。
1、マルハナバチや天敵放飼をめぐって発生した諸問題
 筆者は、トマトを始めとする施設栽培の果菜類に対してマルハナバチ(Bombus terrestris)の
導入を計ってきた一人である。今や大規模栽培、無植物ホルモン使用による栽培、トマトでは品
質向上が可能となるなどマルハナバチは欠かせない新しい技術として定着しつつある。また、ハ
チを守ろうと栽培中の環境制御技術の向上、少農薬栽培の増大、あるいは天敵の導入の機運をた
かめるなど、農業ではよいことづくめの画期的技術として評価されるべき技術である。
 ところが、普及推進にあたり、京都大学の加藤真助教授、筑波大学の鷲谷いずみ助教授らによ
りマルハナバチの導入反対の思わぬ反応が引き起こったことは、関係者の知るところである。結
果的にはマスコミがこれに反応したこととなり、農業技術の普及には大きなブレーキがかかった
ことは確かである。
 つまり、鷲谷(1993)は日本の帰化生物(保育社)の中で、導入マルハナバチは必ず日本に定
着し在来のマルハナバチ相や植物フローラも甚大な影響があることを推察しているが、実験デー
タのある研究結果ではない。よく読めば単なる推測であるが、科学論文を読む機会のない人々に
とっては拡大解釈となる。また、小野(1996)もマルハナバチ相に対する悪影響を力説している。
加藤、鷲谷、小野の意見は、平行してTV、新聞などのマスコミが取り上げるところとなり、一
方的な反マルハナバチの過激報道が起こったことも事実である。筆者もマスコミからの取材も多
数受けたが、筆者のマスコミ取材に対する反論が正当、あるいは過激?すぎたか、残念ながらど
こも取り上げられずに今日に至っている。
 結果的には、マスコミに報道された方が当然多くの支持を受けることとなり、導入マルハナバ
チは日本の全ての生態系を混乱させる、いや絶滅させてしまう極悪人と解釈している人も多い。
マルハナバチが、おいしいトマトや安全なトマトの生産に大いに寄与した事実は、マスコミ報道
が極少なかったことに比例して、一般市民に理解の少ないことも事実である。また、マルハナバ
チにとどまらず、農業の中での天敵使用についてのクレームも相次いで起こっている。この反対
理由には2つあり、外国からの天敵そのものの導入による在来種への影響と、在来天敵でも大量
放飼による標的害虫以外の種に対する影響である。この問題はマルハナバチと共通する点が多い
にも関わらず、マスコミの反応は強くない。むしろ少農薬の代替え技術として評価するマスコミ
報道の方が多いのは、マルハナバチと比べて奇妙な事実である。
  近年、マルハナバチや天敵に対する評価も徐々にあがってきているが、筆者に対しては、今も
使用技術に関する質問より、農業技術者が農家に導入を勧める時、販売店が販売行為を行う時に、
生態系への影響問題を相手にどのように説明したらよいかという質問の方が多い。研究者が研究
を開始する時、上司や行政担当者にどの様に説明したらよいかという質問も多数受けている。
 このように、マルハナバチは生態系の破壊者という濡れ衣を着せられたがために、人の健康上
のメリット、農家の省力、品質向上は隠され、農家、販売店、一般市民、行政担当者、研究者と
農業を取り巻く全てが今なお非常に神経質になり、普及が停滞した歴史のあることを紹介してお
く。今後、生物的防除を推進していく場合、こうした問題をもう少し議論する必要がある。
 導入マルハナバチの問題が取りざたされ、何が正論かと問われれば答えは簡単である。世の中
全て100%の善は存在しない。何事も何らかの不都合があったり、リスクがある。100%の善を求め
るならマルハナバチも導入天敵も入れない方がよいし、過剰な天敵放飼はしない方がよい。そし
て、トマトの受粉は手でやり、農作物は自然に任せてできたもののみを収穫すればよい。しかし、
この生産システムでは農業を保証できないのは自明である。このような矛盾だらけのことが、我々
の生活では日常茶飯事で起こっている。農業において100%善ではない技術に何が容認されるかを
考えていく必要がある。
 一般にはこの正論部分だけを取り上げて主張することが最も簡単であり、データーもいらない
し思いつきの話でも十分に効果のあることである。一方、非難される側は、是非論でいけば全く
勝ち目のないことは明らかである。十分な議論も根拠もないままマスコミではマルハナバチ擁護
論者の方が、何故か有利に扱われることも明らかになった。
 導入天敵不要論者も、多くのマスコミには同じく有利である。推進者は反論するべき資料は乏
しく、無害を主張する資料作成は非常に難しい。またそれらを提出したとしても、所詮は自己養
護に過ぎないとされることであろう。
3、マルハナバチは生態系の破壊者か
 マルハナバチについてマスコミ報道が過激になったとき、筆者にも多くの取材があった。提供
したい資料もあるので来ていただき、記者とデXカッションをしたが、予想していたとおり日本
に侵入した生物に対する知識は不十分であった。筆者の研究対象種が全て侵入害虫である事実、
それらの甚大な被害、多くの農薬が使用されそれが一因となる作物残留や環境汚染の事実の方が、
人間生活上の問題点は大きいと思われたが、それらは素通りであった。その問題とマルハナバチ
導入の功罪のデXカッションに応じたマスコミほど、一切の記事にならなかったので、マルハナ
バチの功の部分が評価されたと自認している。
 マスコミが色めき立った一因は、マルハナバチというハチがミツバチとちがって全く知られて
いなかったこと、全てのマルハナバチ類の攻撃性や毒性は、身近に見られる西洋ミツバチやアシ
ナガバチ類と比較すれば非常に低いに関わらず、鷲谷ら(前述著書)では強いと記述されている
ことで、ハチの刺傷事故がものすごく増えるのではないかとの予想されること、学術的根拠がな
いにもかかわらず生態系の破壊者という言葉が受けたとも感じられる。
 すでに帰化植物に関してはこれまでに多くの図鑑や書籍も出版されているし、前述の鷲谷らの
著書に掲載されているが、我々の研究仲間においても、外国から非常に多くの生物が侵入してい
る事実をあまり知らないのではなかろうか。それらがもたらしている大きな弊害を3例挙げて見
よう。
 まず、現在、日本において養蜂に使用されているミツバチであるが、これは西洋ミツバチであ
り明治初期に導入された。しかし、この事実はほとんど知らされていない。採蜜時には1箱に3
万頭以上の働きバチが存在する。従って、1箱が導入された所でも莫大な数の訪花昆虫が存在す
ることになる。1ヶ所に10箱以上置かれることも往々にしてあるので、当然他の訪花昆虫と蜜や
花粉の取り合いになり、多くの在来のハナバチ類が犠牲となっている。静岡県では養蜂が盛んの
こともあり、西洋ミツバチの見られる所では、在来のミツバチ(日本バチ)、ツツハナバチ類、
トラマルハナバチ、コマルハナバチはまず見られなくなった。西洋ミツバチが主要因であること
は間違いないと推察される。生態系を大きく変えている元凶でありながら、マルハナバチ擁護者
から西洋ミツバチの弊害が指摘されてきたことはない。まして、西洋ミツバチ不要論など聞いた
ことはない。導入マルハナバチが、正当な学術的根拠のない生態系破壊説
のみで批判され取り上げられていることは不平等であり、関連する情報や背景を含めて論議を深
めるべきであろう。
 さらに、鷲谷らは一方では在来のマルハナバチの利用を提言しているが、それで問題解決はさ
れるのであろうか。種をどのレベルで理解しているか、理解に苦しむ提言である。これに応えて
(株)アピがオマルハナバチ、(株)オトーメンがクロマルハナバチという在来種の販売を行っ
ている。また、某公立研究機関では、その目的で在来種の増殖研究を行っている。現在では、同
一種でありながら、遺伝子レベルではその地固有の生態種や系統が存在することは明白な事実に
なっている。もし、真に種の保護を議論されたら、在来種を西に東に移動することの方がむしろ
危険ではないかと推測するが如何なものであろう。今後の天敵放飼にも共通することである。
 2番目に海外から侵入してきた生物の中では、植物と昆虫の占める割合が非常に多いが、農作
物の害虫となる種も多い。静岡県においては、近年、施設園芸作物の重要害虫とされるオンシツ
コナジラミ、シルバーリーフコナジラミ、マメハモグリバエ、ミカンキイロアザミウマ、ミナミ
キイロアザミウマはすべて海外からの外来種であり、これらを重点に防除が行われているといっ
ても過言ではない。これにより、在来のタバココナジラミやナスハモグリバエは姿を消してしま
った様である。
 3番目に、静岡県の平野部の施設園芸地帯や住宅地における植生は大きな変化をしている。帰
化植物の繁茂により、在来種の減少や絶滅が生じている。例えば、静岡県の施設園芸地帯の調査
では、在来のイヌノフグリ、タンポポ、ミミナグサ、ゲンノショウコなどは完全に珍種になり、
近縁の帰化植物に置き換わっている。また、この地域での主要種は、オオイヌノフグリ、オラン
ダミミナグサ、オオアレチノギク、ヒメムカシヨモギ、コセンダングサ、ダンドボロギク、シロ
ツメクサ、セイヨウタンポポなどであり、植物群落の全面積に占める帰化植物の面積はほぼ75%
であった。地上の植生は帰化植物に占領され、その地の訪花昆虫は西洋ミツバチに征服されてい
る。筆者は研修会では、日本の自然は地上権も制空権も完全に外国に握られているとわかりやす
く表現しているが、この傾向は西南暖地一帯では同様の傾向と思える。なお、この植生の変化を
よく見ると、昔多かったヒメムカシヨモギはオオアレチノギクが、アメリカセンダングサはコセ
ンダングサが優占種となっているなど、帰化植物間でも入れ替わりが見られるが、今後も帰化植
物主体の植生がほぼ永遠に継続することは間違いないであろう。
 このように我々の身近な環境、特に生物の第1次生産構造である平野部の草地を形成する植生
を見ると、緑に見える草地はほとんど帰化植物から成り立っているのが現状である。これは何処
の自然なのか、どういう自然なのか、また、「日本の自然を守れ」という言葉の自然はどういう
定義なのか理解に苦しむ。しかし、これが日本の「自然」であり、今後もこの姿で行くことは間
違いない。我々はこの現状認識にたって、今後自然論や生態論をデXカッションをしていく必要
があるのではなかろうか。

4,外来生物は人の生活環境域のみで定着する?
  前述の様に、多くの外国の植物や昆虫が侵入し日本に定着している現状を述べた。しかし、こ
の外来生物をよく観察すると共通した点が見られる。これらの外来生物は、人の手が少しでも加
えられたところには、しぶとく侵入が見られ、人の生活環境域には最も多く定着しているが、全
く手の入っていない、簡単にいえばその地に構成されている雑木林の中には侵入していない。筆
者は、海外から侵入した害虫を里山の雑木林で調査しているが、いずれも未だ発見できていない。
サクラの好きなアオマツムシが雑木林で鳴いているという情報で調査したところ、狭いながら往
来のある登山道沿いの山桜のみであった。野鳥のコジュケイも定着し、一見雑木林の住人に見え
るが、厳密には人の手が入っている樹園地周辺であり、裏山に続く広い自然林には侵入してない。
植物もしかりである。環境適応性の強いヒメジョオン、メマツヨイグサ、セイタカアワダチソウ
などは、かなり高いところの登山道にも分布を広げているが、豪雨後に生じた雑木林の崩壊地に
は帰化植物の侵入はない。これはなぜであろうか。現在侵入生物が定着しているところは人の手
の入ったところ、つまり人的に攪乱された所に多い。こうした場所は面積は狭くても多様な環境
が存在するので、外来生物にとってたまたま好適な場所となっている。また、競合種が不足しそ
こに定着できる空白のニッチェが多数存在することでもあるとされているが、明確にその原因を
解析した研究成果を見ていないので是非御教示をお願いする。
 害虫の中では、アメリカシロヒトリはなぜ森林に生息しないかという研究があり、伊藤(1998)
は一因として天敵の多少を上げているが、その他の要因については触れられていない。アメリカ
シロヒトリの被害は、都市の公共緑地や並木に多いことは知られているところであり、被害の多
い年には公園の広葉樹全部が丸坊主になることもある。こうした年に雑木林を開いて造った道路
沿いのサクラなどには、完全に枯れるほどの被害が発生したにも係わらず、雑木林の山桜などは
極端にいえば隣接樹ぐらいしか被害が発生しない。道路から10mも入った樹には被害は皆無であ
る。詳しい調査はしていないが、若齢幼虫の発生もないことから産卵そのものがされていないよ
うである。これはアオマツムシも同様の現象である。単に天敵の影響ではなく別の要因があるの
ではなかろうか。雑木林は多種多様であり在来の昆虫相も豊富である。しかし、アメリカシロヒ
トリは勿論のこと、あらゆる外来生物の発生がないのは、単に空白のニッチェが存在しないと言
う説明だけでは疑問が残る。全ての生物に対してニッチェがないならば、雑木林の保護と拡大で
サンクチュアリの維持が可能であり、外来種の脅威は無用の心配事である。雑木林内に卵さえ産
みつけないアメリカシロヒトリを見ていると、雑木林は不可侵のバリヤが存在しているように思
えてくる。
  昆虫や植物では、その分布や生息場所を現す時、草原性、森林性、林縁性、山地性、海浜性な
どという用語を用いているが、これを詳しく定義すると難しいであろうが、一般には便利でその
種の生息環境の特徴を知る上には十分理解できる。こう考えると、人の手の一番多く入る所、つ
まり自然が攪乱される所は平地であり林縁である。外来種も人の手を経て日本に持ち込まれてき
たので、本国では本質的には草原性種や林縁性種であると考えられる。
  従って、外来種の定着場所は自ずと人の手に入った所で、その種にとって幸いにも空白のニッ
チェが存在する所となるのではなかろうか。そうなれば、外国のマルハナバチや天敵類も人によ
り攪乱された平地や林縁地においては必ず定着はするであろう。しかし、いわゆる日本の安定し
た自然(この定義も難しいが)、つまり雑木林の中には侵入しないであろうと思える。
 一方、前述のように人の生活環境域の植生は草本時代は帰化植物で占められ、それに依存する
昆虫や動物も外来種が多いなど、本来の自然からはかけ離れた性質となっている。もはや本来の
自然植生を、人の生活環境域で維持することは至難の業である。ならば、人の環境域は、続々と
侵入するであろう外来種と在来種との競合により創世された自然を容認していくしかないであろ
う。ただし、農業害虫、有毒植物、人畜への危害生物、貴重種と競合する種など、それぞれの分
野で害となる生物を特定して、関係者は防除対策を行う必要があることは言うまでもない。

参考文献
池田二三高ら(1992):農業および園芸67:1213ー1219
   〃    (1992):ミツバチ科学16(2):49ー56
池田二三高(1997):関東東山病害虫研報44:11ー15
      〃 (1997):植物防疫51(7):5ー9
 伊藤嘉昭編(1998):アメリカシロヒトリ、中公新書
 小野正人(1996):マルハナバチの世界、日植防協会
 鷲谷いずみら(1993):日本の帰化植物、保育社




		
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