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[IPM:998] Re: 環境へのリスク
松永様、皆さま
中央農研の本多です。色々な論議を拝見して大変勉強になります。
つたない意見ですが、以下に少し述べさせて下さい。
> 天敵のベネフィットとして必ず「化学農薬を使わずにすむ」ということが第一に挙
>げられます。つまり、化学農薬のリスクと天敵のベネフィットは裏表の関係なのです。
> ここで、私は「あれっ?」と思うのです。それって、化学農薬のリスクが存在しな
>い限り、天敵農薬の存在意義はないってこと?
害虫を制御する手段の多様化が重要なのだと思います。この観点から言えば、化学合
成農薬にしても作用機作の異なるものが複数存在するほうが良いと思います。
> さらに、化学合成物質=有害、という概念は消費者には受けますが、事実は表して
>いないことは、皆さんよくご承知ですね。
> 現実には、確かに環境ホルモンと疑われている農薬もありますし、副産物がダイオ
>キシンだったという歴史もあります。やはり、減農薬は必要です。
> でも、天敵農薬に化学農薬以上のリスクがあったら?(この場合のリスクは、収量
>うんぬんとかできた品物の価格とかコスト増というようなことだけではなく、やはり
>生態系攪乱が重要ですね)
今日では、人間の生産活動あるいは社会活動そのものに多かれ少なかれリスクが付随
します。科学技術がここまで発達すると、機械力を駆使した農業生産そのものが大規
模な環境改変(リスク)を引き起こすことになります。農薬の散布は、この機械化さ
れた農業生産システムの単なる一断面に過ぎません。
> あーあ、まどろっこしいですね。やっぱり、本当のことを言っちゃいましょう。本
>当のことを書かないから、たくさんの誤解を受けてしまいました。
> 結局、私の最大の関心は、環境への影響なのです。皆さんが非常に神経質になって
>いる、あれなんです。
環境への影響で考えれば、多様な外国産品種(野菜や花など)の導入とそれに伴う栽
培体系の変更、肥料の多投入など、近年の日本農業の商品農業化は環境への影響(リ
スク)を増加させる方向にあると思います。外国産の種苗を導入した結果、外国産の
害虫がそれに紛れて侵入し、対策として新規殺虫剤や天敵農薬が開発されているとい
う事例も多いです。化学合成農薬には、抵抗性の発達による害虫の更なる多発、残留
による健康面への影響、野外生物相への悪影響といったリスクがあり、一方天敵農薬
にも在来生物相への影響、コストの増加による農産物価格の上昇といったリスクが考
えられます。コストの面で言えば、殺虫剤抵抗性の発達を考えると、天敵利用の方が
長期的に見ればコストが下がる可能性があり、これが商品化するメリットなのだと思
います。
どの手段を使うにしても一定のリスクが発生するわけで、我々がどのリスクを許容す
るかが判断の分かれ目になります。良く論議の材料にされるのですが、食料が不足し
て飢餓に直面する国々にとっては健康面や野生生物に多少のリスクがあっても価格が
安い化学合成農薬を使って生産量を増加させることがまず第一であり、環境や野生生
物相の保全は二の次にならざるを得ません。
> 私は遺伝子組み換えも取材しています。私には、遺伝子組み換えと天敵の論議がだ
>ぶって見えます。
>
> 遺伝子組み換えでも「食糧増産できるし栄養価の高い物質も使える。遺伝子組み換
>えはすごい技術だ」と言う研究者と、「今は目に見えない生態系攪乱が将来予想され
>る。組み換え技術は慎重に対応しなければならない」という生態学者の間で、対立が
>起きています。以前は「遺伝子組み換えは食べたら危険」というような話が前面に出
>ていましたが、今は生態系攪乱に対する取り組みが議論の中心です。そして、学問的
>な追究が難しく、かなり政治的な思惑もからんでいるために、Natureに1度載った論
>文をNatureが取り消し、さらにその取り消しには企業の圧力がかかっているとして非
>難される、というような泥仕合めいたことになっています。(これは、日本ではあま
>り報道されていません。消費者の関心は相変わらず、食べたら危険、ですね)
>
> 私は、遺伝子組み換えの取材の折、生態学者から「組み換え種と野生近縁種の交雑
>の可能性はほとんどないから、組み換え種の遺伝子拡散が起こらない、という考え方っ
>は極めて危険だ。確率ゼロでなければ、自然はどんなことだって起こりうる。そのこ
>とは、この地球の歴史と今ある生物が証明している」と、さんざん聞かされました。
> これをきっかけに、移入種の問題に関心を持ち続けています。
私個人としては、遺伝子組み換え農産物は、一定の安全評価を行えば栽培したり食用
にしても構わないと思います。昨今の食品添加物問題でも明らかなように、遺伝子組
み換え農産物以前に我々が日常食べている食品には様々な添加物が加えられており、
遺伝子組み換え農産物が食品として危険だとするならば同様に人工的な添加物や調味
料についても問題にすべきでしょう。
遺伝子組み換え生物からの遺伝子拡散による生態系の撹乱は、十分有りうることで
す。この場合、生態系撹乱の規模と悪影響がどの程度のものであるのかを予測するこ
とが生態学の仕事になると思います。過去において人間の移動や植民によってかなり
大規模な生態系の撹乱が起きていますが、こうした過去において起きた撹乱をしのぐ
ような規模で災悪が起きるのかどうかがポイントだと思います。
> だからといって、誤解しないでください。私は「マルハナバチ反対、外来天敵反対」
>なんて言うつもりは、全くないのです。人はその時々の技術を駆使して最上とおもわ
>れる行為をし、その検証を続けるしかないのですから。だから、すごいベネフィット
>があれば小さいリスクに目をつぶるのもあり、です。
> そういう意味も込めて、私は先日のコラムのタイトルを「天敵の世界に、ヒトの愚
>かさと知恵を見た」としました。
>
> だから、しつこくしつこく、問いかけるのです。天敵農薬のベネフィットは何です
>か。リスクはなんですか。定性的な話でなく、データを教えてください。どの学術誌
>のどのページにありますか? その学術誌のIFは? と。
日本応用動物昆虫学会誌などには、天敵農薬や野外天敵を利用して農薬散布を軽減で
きるかどうかについての論文がいくつも掲載されています
(http://odokon.ac.affrc.go.jp/ja/index.html)。こうした論文では、天敵農薬が
化学合成農薬の代替え技術になりうるか、あるいは天敵農薬と共存できる化学合成農
薬は何かが検討されています。データも十分有りますよ。これらの仕事の背景として
は、生産物への残留や環境汚染のリスクが存在する化学合成農薬に替えて、そうした
リスクの少ない天敵農薬をもっと活用できないかという農業技術者の要望が有るのだ
と思います。学問の世界でも世論の影響は無視できません。一方で、天敵農薬の野外
生態系へのリスクについては、まだ十分評価されているとは言えません。むしろ評価
する手法が十分整っていないとも言えます。
さらに、農業生産そのものが環境に対して様々な影響を与える活動であることを考え
れば、天敵農薬の利用のみを取り上げて環境に対する影響を云々することは片手落ち
ではないかという意見もあります。また森林を伐採した大規模な宅地造成やゴルフ場
の開発などは、天敵農薬の導入などよりもはるかに大きな影響を在来の生物相に与え
るわけですし、こうした人間の社会活動全体を視野に入れた上で天敵農薬の環境に与
えるインパクトを評価しなければいけないのではないでしょうか。
本多健一郎@中央農研
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Ken-ichiro Honda
Lab. Insect Ecology
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